◇桜ものがたり◇
「姫。何をしているの」
祐里が見上げた川沿いの土手の道に、柾彦が笑顔で立っていた。
「こんにちは、柾彦さま。
とても綺麗でございますので、お屋敷に飾る秋桜を摘んでおりますの。
柾彦さまは、お出かけでございますの」
祐里は、摘んだ秋桜を柾彦に掲げて見せる。
柾彦は、薄紅色の秋桜に囲まれた祐里を
御伽噺に出てくる姫のように感じて見惚れていた。
祐里を取り囲んでいる秋桜が、まるで天女の羽衣のようであった。
「あまりに天気がよかったから、姫に会えるような気がして、
散歩に出てきたのだけれど、やっぱり会えたね」
柾彦は、川原の坂を一気に駆け下りる。
「私も、あまりにお天気がよろしゅうございましたので、
川原に来ましたの。
秋桜がちょうど見頃でございます」
祐里は、一人で見る秋桜よりも、
柾彦と一緒に見る秋桜を一層美しく感じていた。
柾彦は、祐里が困った時や淋しい時に、必ず姿を見せてくれる。
「姫には、秋桜も似合うね。
風に靡く秋桜の可憐な花のようでありながら、
実はこの根のようにしっかりとした強さを兼ね備えているし」
柾彦は、可憐な花を抓んでから、腰を屈めて、秋桜の太い根元を指差す。
「まぁ、柾彦さま。私は、そのように強うはございません」
祐里は、頬を赤らめた。
柾彦は、儚げでありながら毅然とした祐里の真の強さを感じていた。
自分は、祐里の守人でありながら、
それでいて祐里から守られ、力を得ているように思われた。
「はい。姫は、か弱き姫でございます。
姫には、小さな花束を贈りましょう」
柾彦は、秋桜の花の細い茎を手折り、
丸い小さな束にして祐里の前に差し出す。
「柾彦さま、可愛い花束でございますね。ありがとうございます」
祐里は、満面の笑みで小さな花束を受け取った。
力強く愛してくださる光祐さまを一途に慕いながらも、
祐里は、優しく側で守ってくれる柾彦と
一緒に過ごす時間を楽しく感じていた。