◇桜ものがたり◇
「ぼくは、ここでいただきます。
奥さまは留守のようですし、
ここで紫乃さんと一緒のほうが気が楽ですので」
柾彦は、屈託のない笑顔を紫乃に向けて、
光祐さまの椅子に腰かける。
祐里と紫乃は、光祐さまが座っているような気分になり、
嬉しさが込み上げてくる。
「紫乃さんもご一緒にいただきましょう」
祐里は、困った顔の紫乃へ微笑みかけた。
紫乃は、諦めて秋桜を桶に入れると、
蒸かしたての栗甘露入りの蒸しパンと抹茶の膳を柾彦の前に置いた。
「柾彦さまは、坊ちゃまの弟君(おとうとぎみ)のようでございます。
何時も、祐里さまに優しくしてくださいまして、
紫乃からもお礼を申し上げます。
ありがとうございます。
お代わりもございますので、沢山お召し上がりくださいませ」
紫乃は、柾彦に深々とお辞儀をする。
「お礼なんて恥ずかしいです。
秋桜を運ぶのを口実にして、
紫乃さんのおやつをいただきたくて付いて来ただけですよ。
では、いただきます」
柾彦は、立ち上がって恐縮した顔を見せ、目前の膳に手を合わせる。
紫乃は、にっこり微笑んで、
祐里と自分の膳を並べると、柾彦と祐里の楽しい会話に耳を傾けた。