白い金の輪
白い金の輪
「愛していたよ、おまえだけを。生涯惚れた女は、お母さんだけだ」
そう言って私の手を握り、夫は穏やかに微笑んだ。
この人がこんな風に優しく私に触れ、こんな風に笑うのを見たのは何十年ぶりだろう。
いや、元々この人は優しい人だ。
私は重ねられた夫の手を、しげしげと眺める。
無骨な手が随分軽く感じられる。
布団からはみ出した腕も、細くたるんでいた。
お互い老いたなと、改めて思う。
カーテンで仕切られた狭い空間に、うっすらと射し込む暁光が、達観したような夫の顔に死の影を落としていた。
なぜ今になって、こんな事を言うのだろう。
愛されていると思った事は一度もなかった。
この人は、男に裏切られた私を憐れんで、一緒になったのだと思っていたのだ。
真面目で実直、それだけが取り柄のつまらない男。
私が断れば、他に嫁の来手はない。
そうやって夫を蔑んで、私は憐れでもかわいそうでもないのだと、自分に言い聞かせて嫁いだ。
戦後とは名ばかりで、まだ国中が貧しかった時代の事だ。
< 1 / 15 >