トナリノヒト
知っているのは、『北丘さん』って名前。
しかも表札から得た情報。
知っているのは、低い声。
しかも『おはようございます』の一言だけ。
知っているのは、スーツが似合う姿。
しかも私の好みってだけ。
でも、
それだけで、朝のテンションが上がる気がした。
「悪い、由依。今日残業で会えない」
夜、彼氏との待ち合わせ場所に向かう途中にかかって来た電話に、
一気に一日の疲れが倍増した。
もう、こういう時は、
「うー……ちょっと飲みすぎた…」
ふらつく足どりで、なんとかマンションの部屋の前までたどり着いた。
ん?
えーと、鍵、鍵……と、
酔いのまわった頭と手元は、
黒いバックの中から上手く鍵を取り出せずに、もたついた。
「大丈夫ですか?」