ポケットに婚約指輪
忘れたい

始まりと終わり

それが悪いことだということは、最初から分かっていた。


なのに踏み込んでしまったのは何故だったのだろう。


 ふとした拍子に目が合った。
 同時に書類に手を伸ばしたら指が触れた。

 私が彼のことを気になりだしたのは、その程度の何気ないきっかけからだったと思う。


「あ、ごめんなさい」

「塚本(つかもと)さん、手ぇ温かいねー」


 ドキドキを誤魔化すために、やたらとぎこちなくなってしまう私に対して、彼は常に柔らかく冗談交じりで和ませてくれた。


その度に、胸の中に小さな欠片が落ちていくような気持ちがした。

それは密やかに、ゆっくりと積み重なって。

気づいた頃には手に負えないほど大きくなっていた。


そんな風に、私は彼に恋をした。



 それでも、伝えるつもりなんてなかった。
彼は、好きになってはいけない人だったから。


 だけど、男と女の間なんて、突然のきっかけで爆発する。

それを思い知ったのは、あの飲み会の夜…………

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