ポケットに婚約指輪


「嘘つかないで」

「本当だよ。手放したことを後悔した。もっとも、あの場ではどうにも出来なかったけどね」

「これからだってどうにも出来ないじゃないですか」

「そんなことは無いよ。……いつか。すぐには無理だけど。それまで辛い思いさせるけど」

「やめて」


甘い言葉が頭の中で理性に繋がるコードを切っていく。

ああ駄目だ。
彼といると、私は本能にばかり反応する駄目な女になってしまう。


息が触れるほど近くに彼の顔がある。
心臓の激しさと共に顔が熱くなって視界が潤んでくる。

何してるの私、打ち合わせをするだけだったはずなのにどうしてこんなことになってるの。

舞波さんは私の頬を軽く撫でるとクスリと笑った。


「泣きそう。可愛いな、菫」

「……からかわないでください。私……」

「また電話する。今度は出て?」

「……知りません」

「菫は出るよ。あの頃の俺に従順な時のままだ。10分ほどしてから出ておいで。涙目だ」


頬にキスをして、彼は何も無かったように立ち上がり会議室から出て行った。
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