ポケットに婚約指輪

気配が消えて、ようやく体が自由になる。
それと同時に涙が一粒落ちた。


「……っ」


間近にこられて、心が震えた。
彼の持つ空気が肌に触れて、心臓が飛び出しそうだった。

彼は私を自分の良いように扱う。
それが分かってて私は何でこんなに動揺してるの。

愛人なんて嫌だと、突っぱねれば良いだけのことだ。
もう違う恋をするんだと、あなたのことなんか忘れたんだと。


「……えっ」


でもそう言い切れないのは私が彼を忘れ切れていないからだ。

触れられたのは手と頬だけなのに、お腹の辺りにむず痒いような感覚が残って全身を刺激する。

それは私の体が、彼に愛された日々を忘れていないから。
彼の体温と匂いを、未だ欲しいと願っているからだ。


「どうして?」


体も心も、理性の思い通りにはならないの?



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