ポケットに婚約指輪
満員電車に揺られて、独り暮らしのアパートに帰り着く。
夕飯を作る気もしない。
何にもしたくない。
のろのろと着替えて、冷凍してあるご飯を解凍してお茶漬けにする。
こんな食生活じゃ駄目だって思うけど、だからと言って今から買い物に行く気にはなれない。
投げ出したかばんから顔を覗かせているのは、舞波さんのお土産。
ゆっくり開くと、そこにはデザイナーズブランドのおしゃれな腕時計が入っていた。
結構高価なものだろう。
これを舞波さんは私の為に選んだの?
社会人として腕時計は毎日身に着ける。
そういう点ではアクセサリーよりも重要だ。
それでいて、アクセサリーよりも目立たない。
これなら江里子にばれないと思って?
そんな風にかんぐってしまうのは私の心が捻じ曲がっているから?
華奢なつくりのそれは、ブレスレットのようなデザインでつけるととても華やいだ。
これをどんな気持ちで選んだの。
江里子に見つからないようにどうやって買ったの。
それだけ私のこと思い出してくれてたの?
「……っ」
昼間の感触がよみがえって、体が疼く。
彼との記憶が芋づる式に蘇る。
早く別のもっと素敵な記憶で上書きしたいのに、それを上回るものが私にはまだ無い。
腕時計をはずして、テーブルに置いた。
そして記憶を吹っ切るように私はシャワーを浴びに行った。