ポケットに婚約指輪

 始業時間になり、業務の合間に資料室に入る。
ここでこっそり腕時計をはずそうと思って。

ところが、数分もしないうちに資料室の扉が開いた。

ここは滅多に人が来ないのに、と慌てて振り向くと、そこにいたのは舞波さんだ。


「……舞波さん。どうかしましたか」

「資料を見に来たんだよ」

「じゃあ、私は出ますね」

「いいよ。君も探しに来たんでしょ?」


すれ違う瞬間に、左腕を掴まれる。
ブレスレットのような時計が、カチャリと鳴った。


「つけてくれたのは、了承の意味?」

「違います」

「そう? 俺は嬉しかったけど。やっぱり似合うよ。菫はもっと自分を磨いた方がいい。あんなに綺麗になれるんだから。……ああでも、それを俺以外に見られるのは癪かな」


じりじりと奥のほうに寄せられながら、囁かれるのは甘い言葉。

いつの間にか角にまで追い詰められていて、私の背中がぶつかった棚が軽く揺れた。

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