ポケットに婚約指輪


 その夜は、誰からもメールが来なかった。

別にそんなの普通にあることなのに、なぜかこの日はそれが妙に気になった。


 翌朝、昨日の夕食用に買ってきた唐揚げの残りと、スティックキュウリとミニトマト、それに冷凍食品のひじきの煮物を詰め込んでお弁当を完成させる。

今の世の中は便利だ。
冷凍食品を詰めただけでも立派なお弁当が出来上がる。


 舞波さんが私の部屋に来てくれていたときには、夕食もちゃんと作ってた。

彼に美味しいって言われたら、とても嬉しくて。


「……やめやめ!」


思い出に顔を綻ばせるなんて悲しすぎる。


『俺が軽率だった』


……あんな風に言うってことは、もう来ないかしら。


不倫なんて駄目だって分かってるはずなのに、いざあっさりと引かれるとどうしてこんなに未練が残るのだろう。


寂しさは魔物のようだ。
ほんの小さな隙間から忍び込んで、正しさとか倫理とか人間として大切なものを食いつぶしていく。


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