ポケットに婚約指輪
思い出を振り返るように家を出て、満員電車に揺られていく。
これから毎日同じことを繰り返すんだ。
息苦しくなりそうなほどの満員電車に、代わり映えのしない誰にでもできそうな仕事、そしてまた混んでる電車に揺られて帰るだけ。
心を許せる女友達もいない、実家の親とも滅多に電話さえしない。
私には本当に何も無い。
「おはよう」
明るく声をかけてくるのは、異常に露出度の高い刈谷先輩。
「先輩、スカート短くないですか?」
「ばかね。今の流行だって。この間雑誌に書いてあったわよ」
「はあ」
それはどの年代に向けての流行なのかってのにも寄ると思う。
「それより、分かってるよね。理由はなんでもいいから。ちゃんとドタキャンして。いい? 間際でよ」
「……はい」
二人きりになったら断られる自信でもあるのか、
間際で断れってどういうことなの。
でも。
……忙しいなか私の為に時間を割いてくれたのに。
私は彼に酷いことしなきゃいけないんだ。
そのことが苦しい。
胸がじくじくと痛む。
「……ごめんなさい」
本人にいえない謝罪を口の中で呟く。
もう嫌われても仕方ない、そう思うのも悲しくて。
私はもう考えないことにした。
感情のスイッチを切らないと、やってられそうにない。