ポケットに婚約指輪


「……ど、して」

「大体想像つくでしょ。こんな怪しいドタキャン。すぐ追いかければ駅までに捕まえられるかと思って急いできた」

「でも」

「俺は断るよ。刈谷さんと二人きりで出かけたくない」

「でも」


そうしたらバラされる。
きっと里中さんに嫌われる。

私は必死になって彼に頭を下げた。


「お願いします。今日だけ。もう二度とこんな風に騙したりしないから」


彼は私をマジマジと見ると、溜息を一つついた。


「なんでそんなに必死?」

「それは……」

「俺に刈谷さんと付き合って欲しいの?」


おでこがくっつくのではないかと思うほどの距離で、彼が私を覗きこむ。
かあっと頭に血が上った気がして、思いっきり目をそらした。


「や、違います」

「そうだよね。俺も頼まれてもそれはちょっと困る」

「だけど……」


言えない。

あなたに知られたくないです。
あんな風に泣いて忘れようとした不実の恋を、まだくすぶらせているなんて。

< 135 / 258 >

この作品をシェア

pagetop