ポケットに婚約指輪


「……お願いします」

「うん。何を?」


わかってるくせに。
なんでわざわざ言わせるの?


「刈谷先輩……と、食事に行ってください」

「うん。もう一言欲しいかな」

「え?」

これ以上何を?
オロオロして彼を見つめると、彼も私をじっと見て、楽しそうに笑った。


「俺が行きたくもない食事に行くのは誰のため?」

「え?」

それは……


「私のため……ですか?」

「そう。だからさ、そういうお願いをしてよ」


そういうって、そういうって。

どう言えばいいの。

思いついた言葉は物凄く恥ずかしい言葉で、伝えるのを躊躇してしまう。


だけど、里中さんに引く様子は一歩もなくて、私は若干涙目になりながら小さな声で言った。


「わ、私の為に、お願いします」


次の瞬間、里中さんは満足そうにっこりと笑う。


「うん。その言葉が聞きたかった」

顔に血が上ってくるのが分かる。
里中さんって、人からお願いされるのが好きなのかしら。

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