ポケットに婚約指輪
「携帯が」
「いいじゃん。ほっとけば」
「でも」
仕事の電話だったらという言い訳が通用するほど、私は重要な仕事には関わっていない。
私はじっとしたまま数コールを聞いた。
「なかなか切れないなぁ」
耳障りな音なのだろう、舞波さんは嫌そうな顔をして私に乗りかかろうとしたけれど、私は立ち上がって電話を取りに行った。
携帯を持ち上げたと同時にそれは切れてしまう。だけど画面にあった名前は、私の胸を突き刺した。
【里中 司】
刈谷先輩との食事はもう終わったの?
だから、私に電話をかけてきてくれたの?
報告するくらいには、私のこと気にかけていてくれているの?
彼の名前が書かれていた画面にうっすらと映る自分の姿が、裸体であることがひどく恥ずかしい。
とてつもなく馬鹿で、最低な女に見える。
「……やっぱり、イヤです」
「は? ここまでしといて何言ってんだよ」
「だって。駄目です。こんな関係」
「大丈夫だって。江里子は菫を見くびりすぎてる。絶対にばれない」
「ばれるばれないじゃなくて」
彼の名前は、お守りのようだ。
手の中にある携帯が力をくれる。
駄目なのは、不実だからとかばれるからとかじゃなくて。