ポケットに婚約指輪
舞波さんは私をじっと見た後、一冊に綴じられた資料を差し出した。
「これが去年の分。やってて伝わりにくかったこととか、こうしたら良かったとかって言うことも書き込んであるから、読み込むと勉強になるよ」
「はい」
ぺらりとめくった資料に、書き込まれた舞波さんの文字に驚く。
イラストも入った資料で空欄がたくさんあるのだけれど、その空欄がびっちりと埋め尽くされるほど感想や要点が書き込んである。
江里子絡みで出世しているのだと思ったけれど、そうでもないんだ。
舞波さんは舞波さんで、努力して出世コースを手に入れたということ?
「……綺麗になったね」
黙って資料に没頭していると、頭の上から舞波さんの低い声が落ちてきた。
「え?」
「菫、綺麗になったよ」
「な、なんですか。止めてください」
いつもならもっと馬鹿にしたような顔をするのに。
妙にしんみりとした空気でその声は優しい。
やめて。心臓が揺さぶられる。
「仕事も随分やる気になってるようだし。……男できた?」
「そういうのセクハラです。さっき舞波さん自分で言ってたのに」
「はは。そうだな」
何故か、舞波さんにいつもの勢いが感じられなくて、不思議になる。
もっとずっと威圧的な人だったと思うんだけど。