ポケットに婚約指輪


「……江里子となんかありました?」

「いや? ……いや。何にも無いわけでもないか。俺今、浮気を疑われてて」

「え?」


浮気を?
もしやまた他の人と浮気をしてるの?


思わず凝視すると、舞波さんはバツが悪そうに苦笑する。


「してねーよ。菫と別れる時さ、腕時計持って帰っただろ? 俺」

「え? ああ。そうですね」

「あれをカバンに入れっぱなしにしてて。2週間前かな? 何かの拍子に見つかっちゃって。うまく取り繕えば良かったんだけどさ。なんだかしどろもどろになっちゃったら疑われた」

「そんな……」


実際に浮気していたときにはうまく隠していたのに。
なんてタイミングが悪いんだろう。


「でももう浮気なんてしていないんですし」

「そうなんだよな。だから開き直ってたんだけど。……江里子うるさくってさぁ」

なんとなく想像はつく。
江里子にしてみればプライドが傷つけられたんだ。
舞波さんのことも散々に言うだろう。


「……むしろ本気で浮気したくなっちゃうぐらい」


ギシ、とパイプ椅子がきしんだ。
髪の上の辺りに舞波さんの顔が近づいて、私は肩をすくめてしまう。


「……私はもうしませんよ」

「じゃあ俺が江里子と別れたらどうする? 今なら本気で別れる気になってる」


耳元に落とされた声は、蜜月の頃に聞いたように甘い。

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