ポケットに婚約指輪
『……菫?』
「いえ、なんでもないです。でもやっぱりまだ内緒にしてください」
『そう?』
電話の向こうからため息のような音がした。
どっちつかずの私に呆れてるんだろうか。
『俺が彼氏なのは恥ずかしい?』
司さんから零れだした言葉にびっくりする。
どうしてそっち?
「そんな訳無いです! どっちかと言ったら逆です」
『俺は恥ずかしくないよ。どうせなら新しく彼女が出来たって宣言しておきたいくらい。人によっては未だに俺の事痛々しい目で見るヤツ居るしさ』
“婚約までしたのに振られた男だからね”
自嘲気味に続けられた言葉に、彼の痛みが透けて見える。
私の存在は、彼を癒しているんだろうか。
それはとても嬉しくて、それだけにはっきり宣言できない自分が情けない。
「でも。……私じゃ駄目です」
『自信持ったんじゃなかったの? 菫は可愛いよ?』
そんな優しいことばかり言わないで。
どんどん好きになるばかりで、比例するように怖くなっていく。
私の前の彼は舞波さんなの。
私は江里子を裏切って、彼と関係を重ねて、……そして振られたの。
こんな惨めな事実を、彼に知られたくない。
言わなきゃいけないって思うけど、どうしても言い出せない。