ポケットに婚約指輪
「皆、菫がどんな女か分かってないのよ。私だって知らなかったわ。昨日まで。……あ、もう時間ね」
始業のベルが鳴る。
部署内で軽い朝礼がなされ、それぞれ仕事についた。
舞波さんと二人で会議室へ向かいながら、頭からは刈谷先輩の言葉が抜けない。
「とりあえず原案はこれ。塚本さんを新入社員の役にして、電話応対とお客様来社の時の対応を寸劇披露するから」
「はい」
「シチュエーションと相手のセリフだけ書いたから、まずは塚本さん、新入社員の応対のセリフを埋めてみてよ」
「はい」
私にとっては今更慣れた作業だ。考えなくてもペンは進む。
だけど、今は頭の大部分を別なことが占めている。
司さんは私を好きだと言ったけれど、私の何を知ってる?
私がいつも隠してる、汚くてドロドロした部分。
人のことを思っているような顔をして自分の欲を優先する部分をきっと彼は知らない。
私は彼を騙してるの?
本当のことを伝えないってのはそういうこと?
「……さん、塚本さん? ……菫!」
「え?」
「どうかした? 動き止ってるけど」