ポケットに婚約指輪
顔を上げると舞波さんが私をじっと見てる。
「すみません。ぼうっとしていました」
「しっかりしてくれよ。今は仕事だぞ」
「はい」
慌てて資料の方に目を戻す。
ざっと会話を埋め、舞波さんに見せるとちょっとした言い回しの変更を指示される。
何年も採用に関わっている舞波さんはそれに関しての気配りは細やかだ。言われたとおりに修正し、実際言葉に出してみて言いやすさなどをチェックする。いつしか私も舞波さんも集中していき、気がつけば11時半を過ぎていた。
「休憩も取らずに一気だったから疲れただろ」
「舞波さんこそ」
「そうだな、お茶でも飲む?」
「ええ。……でもまもなくお昼なので、もうちょっと一気にやってしまいませんか?」
「そうだな。じゃあやろうか」
再び二人で資料に向かう。
仕事をしている時の舞波さんは、しっかりしていて素敵だ。その姿に恋をしていた自分を、遠い昔のことのように思い出す。
その時、私のポケットから着信音がした。
「電話? 出ていいよ」
「はい」
けれど着信音はすぐに切れて、確認するとメールが届いている。
発信者が江里子で、不信に思って開くと、そこには突き刺さるような言葉が書いてあった。
【嘘つき、最低、人の旦那を取るなんて】