ポケットに婚約指輪

すると不意に腕の力を緩められる。

ドキドキしたまま彼を見つめると、彼の表情はもういつもの通りに落ち着いていた。


「俺、昼から外出するけど、戻ってくるから一緒に帰ろう」

「え? あ、はい」

「事の顛末をはっきり聞かせてもらうから」

「し、信じてくれたんじゃないんですか」

「信じるよ。菫が信じてっていったからね。……でも、だからと言ってお仕置きをしないわけじゃない」


軽くおでこをつつかれる。
実は怒ってるの?

お仕置きって。
私一体何をされるの?


「覚悟しといて。……刈谷さんを追いたかったんでしょ? 行っていいよ」


正直、司さんの傍に居たい気持ちも膨らんでいたけれど、やっぱり刈谷先輩を追いかけた。

今を逃したら、ちゃんと伝えられないかもしれないもの。


 部署内を覗いてもいなかったので、外に出たのだろうかと考える。
エレベーターホールをふらつきながら、ふと思い立って非常階段を覗いてみた。

すると、座り込んで泣いている刈谷先輩がそこにいた。


「……来ないでよ」


小さな声。
あんなに彼女が怖かったのに、今は嘘みたいに小さく見える。


< 213 / 258 >

この作品をシェア

pagetop