ポケットに婚約指輪

 今までどれだけお泊りしても一緒に出勤したことは無いのに、今日の彼は違った。


「はい、待たせたね。行こうか」


 わざわざ一緒に彼のアパートにまで来て、そこからの出勤。

 多少彼のアパートの方が会社に近いとはいえ、寄り道には違いない。いつもより一時間早く家を出てきたのに、会社の最寄り駅に着く電車に乗ったときはいつもより遅い時間だった。

 でも、彼と通勤すると良いことが一つある。満員電車が嫌じゃない。いつもならギュウギュウに押し込められて潰されたような心地になるけど、彼がかばうように立っていてくれるから少し余裕がある。乗り降りで人の波に流されそうになる時も必ず引っ張って腕の中に入れてくれる。不自然ではなく密着できるのも、なんだか得した気分というか。満員電車に幸せを感じるなんて初めてのことだ。


「あら、一緒に通勤?」


 駅から出て並んで歩いていると背中に声をかけられた。
刈谷先輩が、ミニスカートから細い美脚をコレでもかと晒して歩いている。


「やあ、刈谷さん。おはよう」

「おはよう、里中くん。……なに? なんか機嫌悪い?」


 刈谷先輩は司さんを見てニヤリと笑う。司さんは無表情ながらもどことなくトゲトゲした口調で返した。


「良くはないよね。なんで人の彼女、合コンに連れ出したりするのかな」

「あらやだ。意外に嫉妬深いのね。だって人足りないと盛り上がりにかけるもの。ねぇ、菫」

「はあ……」


私としてはなんとも答えにくい。

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