ポケットに婚約指輪
そう、これが現実だ。
思い人に渡すことのできなかった婚約指輪。
私の指に収まることの無かった彼からの愛情。
自分で買った負け犬ジュエリーさえ、私の元には残らなかった。
彼は戻ってこない。
それはきっと絶対だ。
恐る恐る手を伸ばして、その指輪のケースを開ける。
中にあるのは本物のダイヤモンドの輝き。
「……っく。えっ……」
涙が溢れ出した。
あまりに自分が惨めで、情けなくて。
この指輪が本物だからこそ、私に現実を突きつける。
彼の甘い言葉なんて偽物だと。
彼が与えてくれる何もかもは、光を当ててみれば虚像に過ぎないのだと。
「えっ、ええん」
だけど、私が抱える寂しさもまた本物で。
入り込んでくるものが偽物の愛情でも縋り付きたくなる。
ほんのひとときでも癒されたい。
本気でそう思ってる。
だけど今は、彼にメールを返そうとは思わなかった。
それはこの指輪のお陰かもしれない。
返せなかった里中さんの指輪に、少しだけ感謝した。