ポケットに婚約指輪

 涙の痕を消すのは困難そうだった。

今日はナチュラルメイクだからそこまでひどくは無いけど、アイラインが伸びて汚くなっている。

私は必要な資料を取り出し、顔を隠しながら部署に戻ることにした。

すぐにカバンからメイク道具を出して直せば、周りの人にはばれないだろう。
刈谷先輩なんかに見つかると本気で面倒くさいもの。

そう思いつつ、足元だけに注意して歩いていると。
人事総務部のブースのところに、男女の足が見える。

嫌だ。
こんなトコロで話さないでよ。デスクに行くのに邪魔じゃないの。

そう思って近づいて、二人の声を聞いて足が止まる。


「……だから、何か問題があるなら、私が対応しますよぉ」

「いや、そういう訳じゃないんだよね」


媚びた女の人の声は、刈谷先輩だ。
彼女がこの声をだす相手はいつも同じ。
営業一課の里中さん。

今鉢合わせしたくないと思って、踵を返した途端に声をかけられた。


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