ポケットに婚約指輪

 そして抜け出すきっかけもつかめなかった。


「菫は優しいな。お前といると落ち着くよ」


それからも、彼は時折私の部屋にやってきては私を抱く。

何の責任も持たない彼の言葉は甘く、温かい。
そのぬくもりは、オヒトリサマが長かった私をとても癒した。


間違いだと知っていて。
それでも、誰にも知られないままでいたかった。

未来なんていらないから。
彼女をだまし続けててもかまわないから。

ずっとこのまま一緒にいて。


この頃の私は悪魔に魂でも売っていたのかもしれない。

裏で彼と逢瀬を重ねながら、江里子の前ではひたすらに笑顔を作った。

違うわよ。
彼は本当は私のことが好きなの。

そんな風に思って、彼女を見下したことさえある。



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