ポケットに婚約指輪


「タクシー乗る?」

「いえ。もうだいぶ酔いも冷めたので電車で帰ります」

「そう?」


彼は私の二の腕をつかむと、急に顔を寄せた。

キスされるの?

咄嗟にそう思ってしまって目をつぶる。
だけどそのうちにくすくすと笑う音が聞こえてきて目を開けた。


「うん。大丈夫そうだね。だいぶ酒臭さも抜けてる」

「な! これはコーヒーの匂いで消されてるだけです!」


ドキドキしたのに。
からかわれたと思うと顔が熱くなる。


「もうっ、帰ります。お疲れ様でした」

「また明日ね。心配だから帰ったらメールくれる?」

「は、はい」


まだ収まらない心臓を押さえながら、改札をくぐる。
振り返ると彼が見ていた。立ち止まったまま、身じろぎもしないで。


「……もっと飲んじゃえば良かった」


介抱してくれるというなら、してもらえば良かった。

あんな人に強気に来られたら、絶対断れない。
たとえ一夜限りでも、舞波さんを思い返すより絶対幸せになれるような気がする。

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