ポケットに婚約指輪
負け犬ジュエリー
****
冷房の効いたホテルを出ると、途端に湿気を含んだ風が私を包みこんだ。
「うわ……」
途端ににじみ出る汗に、ワンピースの上に羽織ったストールを取り払いたくなる。
しかし、そこまで自分の体のラインに自信は持てず、ストールをまきつけるようにして、体を縮こませた。
「菫、帰っちゃうの? 二次会は?」
「うん。だってホラ。約束あるから」
右手を振りあげ、わざと薬指につけた指輪を見せる。
「そっか。いいね。なんか幸せそう」
「うん、幸せ。……じゃあまた会社でね」
大きく手を振って、皆とは逆の方向へと歩き出す。
きゃあきゃあ言うざわめきがどんどん遠くになって、やがて聞こえなくなった。
私の耳に飛び込んでくるのは、脇の道路を走る車のエンジン音や、近くを走る電車の踏切、通りすがりの人の雑談の声。
もう私を知ってる人はここに居ない。
そう思ったら、安堵からか溜息が一つでた。