ポケットに婚約指輪

「……にしようか」

「え?」


聞き取れずに顔を上げると、もう食べ終わった里中さんが微笑みながらお茶を飲んでいる。


「映画、やっぱり恋愛ものにしようか。リハビリ兼ねてだからさ」

「は、はい」

「俺もデートって随分久しぶりなんだ。ちょっと緊張する」


絶対ウソって思うけど。その言葉自体には胸がときめく。

デートなのか。私と彼のお出かけは。


こうして何度か一緒に出かけていけば、私は彼を好きになれるだろうか。

なりたいと願っているのに、刈谷先輩の顔がちらついてその感情に歯止めをかける。


恋がしたい。

舞波さんを忘れられるような、嫌な女だった過去を捨てられるような綺麗な恋愛が。

手を伸ばせば届きそうなところにあるそれに、私は手を伸ばせない。



神様に罰を与えられているような気持ちになった。







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