ポケットに婚約指輪



 10時少し前に指定された会議室に入ると、誰も来ていなかった。


「あれ?」


おかしいな。皆でって言ったのに。

忙しいから、なかなか集まらないのかしら。

刈谷先輩は役所に書類を取りに出てるし、部長も別の会議に出ていたし。
終わるのが遅れているのかしら。


「お待たせ」


会議室の扉が開き、パタンと閉じる音がした。


「舞波さん。皆は?」

「さっきちょっと話したら大体分かったから。塚本さんにだけなんだ。まだ聞けてないの」


舞波さんが、プライベートの顔を見せてにやりと笑う。

さっと血が引くような感覚が半分、懐かしさ半分。
動揺してる自分の感情がどっちを向いているのかは分からない。


「でも私はそんなに」


あなたの仕事は受け持ってないですけど。
口をパクパクさせる私を、舞波さんは楽しそうに見る。

一歩近づいてくる彼に、私は身じろぎをした。
そうしたら笑いながらもっと近づいてくる。
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