好きと言えるその日まで
 *


 「馬鹿。お前はこっちだろーが」

 「はへ……っ!?」


 気がついたら改札機を通り抜けて、帰るのと逆方向にずんずん引きずられていく葛西の腕を掴んで引いていた。


 両方から腕を掴まれて混乱気味の葛西に、突然現れた俺に驚いた表情を見せて腕の力を抜いた坂井とか言う野郎。


 ―――カサイにサカイじゃ訳わかんねーだろ!


 なんてどうでもよい怒りまでこみ上げてくる。




 「……じゃー、な」


 腕が緩んだところでさらに葛西を引き寄せたものの、そのまま立ち去るのも気が引けて適当な言葉を相手に送った。


 その言葉にも、反応が遅れ気味の坂井は固まったままだったけど。

 
 「あ、えと。坂井君、ば、ばいばいっ」

 「あ……うん、またな」 


 なんとか先に意識を取り戻した葛西が声をかけたことで、止まった時間が動き出したのか。


 奴はようやく摘まむ程度に握っていた葛西の制服から完全に手を離して、緩く手を振った。


 「行くぞ」

 「あ、はいっ」


 奴の手が離れて数歩進んだところで、バサッと音を立てて手を離し背を向けたまま声をかけると、葛西は勢いのついた返事をしてきた。


 どこまでも慌ただしい奴だ。


 振り向きもしないまま、ずんずんと階段を上っていつもの定位置で立つと、しばらくしてからはぁはぁと息を吐きながら追いかけてきた葛西が横に立った。


 チラリと見下ろしてから、電車が来るのを確認する素振りをして遠くを見つめる。


 なんとなく、葛西を見るのに抵抗を感じた。


 それに、向かいのホームに上がってくるだろう奴と目が合うことも避けたい。


 俺は隣に立ちながらも、まるで他人であるかのように装いながら、それでも隣の葛西を最大限意識している自分に気づかないふりをして、早く来ない電車に苛立った。


 *
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