月夜の翡翠と貴方【番外集】
それは私にとって『おかしな』ことであり、ひとりの奴隷を戸惑わせるには充分だった。
「…ルトは、会ったときから優しかったから。相当変な人なんだろうなって、思ってた」
「ええー?優しくしたのに、変って思われてたのか」
依然地図を広げながら、ルトが苦笑いをする。
私は変わらぬ音を立てる噴水を見ながら、「だって」と言った。
「……私に、チャンスをくれたじゃない」
逃げるための、チャンスを。
「…ああ、十五秒数えたやつか」
懐かしそうに、そのひとは目を細める。
結局私はそのチャンスを逃してしまったわけだけれど、今考えれば信じられないことだ。
ルトは、あの時点でわかっていた。
私が、彼の欲する女だということを。
「…問答無用で、買うことだってできたのに。あんなことするなんて」
そうだ、できたはずなのだ。
けれど彼は、しなかった。
にっこりと、今と変わらない飄々とした笑みで、私にチャンスをくれたのだ。