月夜の翡翠と貴方【番外集】
「あの子は何も悪くないってことくらい、私もわかっているのよ」
ロゼは夜空を見上げながら、静かに話し始めた。
「でも、駄目なのよ。奴隷であったこと、忘れようとしても無理なの。思い出してしまう」
ルトは目を細め、「なぁ」と言った。
「…クランさんから、聞いたよ。昔、なんかあったんだろ」
彼女は少しの間黙っていたが、やがてひとつため息をついた。
「…そうよ。私が孤児になる前にね。全く、クラン姉さんったら…」
風の音に紛れて、わずかにロゼがくすりと笑ったのが聞こえた。
「私が、七歳のときよ。家の屋敷の庭で遊んでいたら、ふと近くから物音が聞こえて」
そこへ行ってみたの、とロゼが言う。
懐かしむように、穏やかに。
あんなに怯えて肩を震わせるほど、恐ろしい過去の記憶を。
「…そしたら、見えたのよ。どこから拾ってきたのかわからない、たくさんの草や藁を抱えた、小汚い子供を」
ルトは、何も言わず聞いていた。
冷たい夜風が、身体に当たる。
少女の長いスカートが、さわさわと揺れる。