月夜の翡翠と貴方【番外集】
なにが、優しい人間だ。
令嬢だったころ、私に向けられていたのは偽善だったのだ。
人間の良心など、奴隷の前ではないに等しいではないか。
人間に優しい心があると信じていた私が、馬鹿みたいだ。
血のにじんだ手のひらを握りしめ、私は神を呪った。
けれどルトと出会い、私は再び人々の『良心』に触れることとなった。
しかしそのなかで、立場を明かさなければこんなにも人々は優しいのかと、冷静に現実を受け止めているのも、また事実だった。
スジュナは不安げに私を見つめ、口を開く。
「…じゃあ、スジュナとおねえちゃんは、ずっと『どれい』じゃなくなることはないの…?」
その瞳に、私は否定の言葉をかけてあげることができない。
否定したいけれど、できない。
『奴隷』という烙印が、この身から消えることはないと、私はもうわかっている。
この格差の国は、この偽善にまみれた人間の世界は、あまりにも残酷だ。
ジェイドは苦しげに眉を寄せて、スジュナを抱きしめた。
「…そう、かもしれない。私たちはもう、普通の人になるのは無理かもしれない…」
わずかに、声が震える。
それに気づいたのか、スジュナはそっと抱きしめ返してきた。