月夜の翡翠と貴方【番外集】
3 ミューザの内緒話
酒場、不機嫌、伝わるぬくもりだけ
貴方が便箋に筆を走らせているとき、
私はそれを黙ってみていた。
貴方が偽りの名前を口にしたとき、
私は何も訊くことをしなかった。
貴方の暗い深緑がどこか遠くを見つめているとき、
私は目を合わせることができなかった。
…貴方は私の身体を、大切なもののように扱う。
肌を滑る手は優しくて、
もう私の全てを、彼に知られてしまったような気分になった。
けれど、私は何も知らない。
貴方の肌に残っている古傷やあざに触れても、
私はその奥に潜むものを、感じることすらできないのだ。
触れる私の手を掴んで、わかったように目を細めながら、彼は言う。
『気にしなくていいよ』
…貴方は、何もわかっていない。
その細められた瞳の裏にあるものに触れたくて、
私は手を伸ばしているのに。
……教えては、くれませんか。
今まで手を伸ばせなかったもの、
触れてみたい。
感じてみたい。