月夜の翡翠と貴方【番外集】
ミラゼは酒場を開け、鼻歌を歌いながら、グラスを磨いていた。
すると、上の店へとつながる階段から、足音が聞こえる。
ミラゼはそれに気づくと、くすりと笑った。
「ミラゼー!いるかー?」
…元気の良い、青年の声。
昔から変わらない高さのそれは、すぐに幼馴染の男だとわかるもの。
彼はトントン、と足音を鳴らしながら、階段を降りて来た。
「いらっしゃい」
私がそう言うと、ルトの後ろにいる少女が、控えめに一度、ぺこりと頭を下げる。
…もう少し、柔らかくなっても良いものなのに。
ミラゼは笑いかけると、「座ったら」と適当な席を指差した。
ふたりが座ると、私は磨いていたグラスを置いて、「さて」と言った。
がらんとした、酒場のなか。
今日の夜も開けるつもりだけれど、昼の酒場の空気はなんとも寂しい。