月夜の翡翠と貴方【番外集】
「私は兄ほど、執務があるわけではないからな。暇なときは本を読んだり、音楽を聞いたりしている」
先程までその時間だった、と言う彼。
『困ったらエルフォード邸に来てくれ』と言われた昨日の今日で押しかけてしまい、なんだか申し訳ない。
「…すみません。連絡もなしに…」
紅茶の良い香りが、鼻腔をかすめる。
懐かしい、香りだ。
華やかな世界から遠ざかっていって、しばらく感じることのなかったもの。
恐らくルトの隣にいて、紅茶を飲む機会は少ないだろう。
彼は、きっと紅茶を好まない人だ。
もっと刺激的で、癖のあるものを選ぶひとだ。
「…構わん。そう昨日言っただろう?貴女なら、いつでも歓迎する」
そう言って、リロザは上品に紅茶を飲む。
…彼が心からの本心で、そう告げてくれているのがわかるからこそ。
戸惑って、しまうのだ。
「…それで、どうした?ルトと、なにかあったのではないのか」
そう訊かれ、まだ何も言っていないことに気がつく。
これでは、理由も言わずに押しかけてしまっているようなものだ。