月夜の翡翠と貴方【番外集】
イビヤがこの酒場を訪れるのは初めてだという。
二日前、酒場から宿へ戻る際にルトから、ミラゼとイビヤの話を聞いた。
今、喧嘩をしているらしいふたり。
私もしばらく様子を伺っていたのだが、イビヤを囲んだ輪にミラゼが入ってこないことに気づいた。
話に加わろうとせず、他の客の相手をしている。
時折酒場の人が彼女に話を振るが、軽く笑いが返ってくるだけ。
そんな彼女に皆不思議そうな顔をしたが、すぐにまた興味はイビヤへ向かっていた。
次々と出てくる質問に、彼は優しく穏やかに、そして丁寧に答える。
「ミラゼと恋仲だってね。いつからなの?」
「そうですね…二年前、ですかね」
「なぁ、今度剣の手合わせしてくれよ!」
「私でよければ」
…ひとつひとつの仕草が丁寧で、しなやか。
ルトや他の依頼屋の客と同じような服装をしているのに、まるで違うように見える。