月夜の翡翠と貴方【番外集】


彼はその微笑みを絶やすことなく、まっすぐにカウンターへ向かって、グラスを磨いていたミラゼを見つめた。

酒場の人々が騒ぐのをやめ、ふたりの様子を伺う。

ミラゼは目を見開いて、イビヤを見つめていた。

あたふたとグラスを置く姿は、彼女らしくなくて確かに可愛らしかったけれど。

イビヤはその間も微笑みを崩すことなく、ミラゼを見つめていて。

彼女が「なによ」と唇を尖らすと、彼はふっと笑って恭しく礼をした。

そして、驚くミラゼの手を取り、その甲へキスをして。


「愛しています、ミラゼ。どうか、機嫌を直して下さい」


…その姿はまさに、『紳士』で。


ミラゼが顔を真っ赤にするのと、周りが大きな声でふたりを騒ぎ立てるのは、ほぼ同時だった。

「ヒュー!いいねえ、いいねえ!よっ、色男!」

「ほらほらミラゼ、何か言えよー!」

酒場の男達は、一様に冷やかし。

女達は、羨ましそうにきゃいきゃいと騒ぎ合っている。

ミラゼは、しばらくどうしていいのかわからないといった様子で困っていた。


< 260 / 455 >

この作品をシェア

pagetop