月夜の翡翠と貴方【番外集】
「いい雰囲気だね」
私の頭上で、ルトが会場を覗いていた。
「…うん」
夜会が始まる前に、セルシアから『一緒に踊らないか』と誘われたのだが、丁重に断った。
踊りを習っていたのは幼少の頃で、今の私に踊れるとは思えない。
このドレスを貸してくれた、それだけで充分だ。
冷たい夜風に当たりながら、ルトの手をとって、庭に設けられた噴水の淵に座る。
…月が、雲の隙間から見えた。
「…そうしてると、本当に令嬢みたいだな」
隣を見ると、ルトが私を見て笑っていた。
む、と唇を尖らせる。
……このドレスに袖を通したとき、もう不安や恐ろしさは感じなかった。
ただただ、懐かしくて。
キュッと締められたコルセットの窮屈さも、服の重みも。
懐かしいと、思った。
大切な大切な、感覚だった。