月夜の翡翠と貴方【番外集】


…ここで嘘をついても、意味はないだろう。

レンウは意地でも、『私』のことを知りたいらしい。

店で問われたとき、もうないだろうと思っていたというのに。


「…いえ。特には」


少し俯いて返事をすると、レンウの足が、一歩こちらへ進んだ。


「…なにも、ないのかい?」


その声色は、まるで『信じられない』という思いを含んでいて、私は顔をあげることができない。

今、レンウの顔を見ることができない。

「別に、謙遜などしなくていいんだ。なにかできることがあるのか、と訊いているだけだよ」

急かすような口調に、どくどくと心臓が嫌な音を立てはじめた。

黙って肯定の意を伝えると、レンウが言葉を失ったように黙る。

「…………」

起きてこなければよかった、と激しく後悔するが、今更だ。


< 36 / 455 >

この作品をシェア

pagetop