月夜の翡翠と貴方【番外集】
「…すまなかったね。あのあと、ずっと家を空けていたんだ」
これからは来るよ、と言って、彼は召使いと共に部屋を出て行く。
わたしはしばらく、呆然としていた。
…彼は、優しいひとだった。
それからは毎日のように、ナタナは部屋へ来た。
ある日は、新しい洋服を持って。
またある日は、勉強のために書物を持って。
わたしの世界をこの狭い一室に閉じ込めた彼は、わたしを赤子かペットのように思っているようだった。
「マリア、勉強は好きかい?」
ひたすらに本を読むわたしを、彼は目を細めて見た。
「……わからない」
そう、紙面から目を離さずに答える。
椅子に腰掛けた彼は、「そうか」と言って、またわたしを眺めていた。
「……学ぶのは、いいことだよ。きっといつか、役に立つ」
それはまるで、わたしに『将来』があるような言い草だった。