月夜の翡翠と貴方【番外集】
この部屋へ閉じ込めたのは、彼なのに。
わたしはきっと、この家から出られないのだろう。
その言葉へは、返事をしなかった。
ナタナは執務が滞っているときでさえ、わたしの部屋で仕事をした。
食事の時に彼は来ることはなかったから、召使いが持ってくる食事を無理やり口に入れては、吐いたりしていた。
彼は、優しい人。
次第に、彼への怯えもなくなっていった。
わたしを奴隷として買ったはずなのに、彼はわたしを優しく扱う。
けれど彼は、決して『優しい人』ではない。
この家に来て一ヶ月経った頃に、わたしはそのことをようやく思い出したのだ。
少しばかり冷える、夜のことだった。
いつも通りわたしは、寝台に座って夜の街並みを眺めていた。
その途中で、突然扉がノックされた。
「…マリア。入ってもいいか」
心なしか、低い声色だった。
わたしはいつも通り、「はい」と返事をする。
彼は静かに扉を開けて、入ってきた。
けれど、何も言わない。
その顔にはいつものような穏やかさはなく、怖いくらいに気が立っているようだった。