月夜の翡翠と貴方【番外集】
本を置いたわたしを、彼は意味深に見つめている。
「…そうだね。楽しいと言うよりは、暇つぶしかな」
昨日殴られて赤くなったわたしの頬を、その綺麗な目がとらえる。
…歪んだ人。
可哀想な人。
「……ナタナ様は、可笑しいわ」
「ハハ、何故?」
「………」
ふい、と顔をそらすと、やはり彼は面白そうに笑う。
……暇つぶし。
ただの、暇つぶし。
それだけのために上級貴族の男が、毎日のように奴隷に構ったりなど、『普通は』あり得ない。
…だから彼は、『普通』じゃない。
彼には一般的な常識も建前も、通じないのだ。
「……今日は、外に行こうか」
また本を手に取ろうとしたわたしに、彼はポツリとそう言った。
「……え?」
ピタリと、手が止まる。
信じられない思いで、ナタナを見た。
「…マリアにとっては、一年ぶりだね」
あまりに驚いてしまって、何も言えない。
ナタナはそんなわたしに目を細めると、「着替えなさい」と言って、席を立った。