月夜の翡翠と貴方【番外集】
「マリア、何か食べたいものはあるかい?」
街でいちばん賑やかだという市場に着くと、ナタナは「なんでも買ってあげるよ」と言った。
「食べたいもの…」
「マリアは、甘いものが好きだったね。デザートであれば、いい店を知ってる」
行くかい?と笑う彼に、わたしは首を横に振って答えた。
「…いい。今は、あんまり食べる気分じゃない……」
「…そうか。では、街を歩こう」
わたしの手をとって、彼は歩き出す。
すると当然のことながら、すれ違う人々の視線はわたしの髪へと注がれた。
その視線に、わたしが気分を害したと思ったのかもしれない。
…けれど本当に、食べたくないわけではなかった。
ただ、彼に甘えたくなかったのだ。
こうして歩いているわたし達の姿は、周りからどう見えているのだろう。
…もしも、だけれど。
歳の近い、『親子』のように見えていたとしたら。
わたしはきっと、泣いてしまう。
この手の温もりに勘違いして、泣いてしまう。
彼は、主人。
わたしを何よりも嫌っている、冷たい人。
だから、決して懐いてはならない。
…憎んでいなくては、生きていけない。