月夜の翡翠と貴方【番外集】
『復讐してやる』、そう願った日もあった。
いつかこの部屋から抜け出して、彼に刃物を突き刺してやろうと。
家族と自由を奪われたその憎しみは、確かにわたしの中に存在している。
だからこそ、彼にはとことん嫌な人であってほしかった。
わたしの憎しみがこれ以上ないほどに大きくなって、彼を容易く殺すことのできるような、そんな女でありたかった。
……なのに。
「マリア」
彼がそう、目を細めて呼ぶから。
どうしようも、なくなってしまう。
狂った人。
歪んだ人。
……可哀想な、人。
「見てごらん、マリア」
そう言って彼が指をさした先にあったのは、明るい笑顔の娘が店先で花々の手入れをしている、花屋だった。
ナタナに手を引かれて、並ぶ花を眺める。
たくさんの花が、わたし達を囲んだ。
「美しいね、マリア。何か、知っている花はあったかい?」
彼の言葉に、わたしは目の前にあった薄紫の花を指差した。