月夜の翡翠と貴方【番外集】
…だって、その顔が。
「…寂しそうに、見えたから」
彼の本音なのではないかと、思ってしまったから。
彼は大きく、目を見開いた。
「……食べ物と服を、用意してくれる。こうやって、毎日話してくれる」
わたしなんか、すぐに殺せるのに。
生かしておく価値なんて、ないにも等しいのに。
「……あなたを優しいと言わないで、何を優しいというのかわからない」
今のわたしにとって、彼の『優しさ』が全てだった。
彼の『優しさ』で、わたしは生きている。
ナタナは悲しげに眉を下げて、わたしの頭を撫でた。
「……そう思えるのは、貴女が無知だからだよ。何も知らない人間に、嘘は見抜けないからね」
…今はそれで、いいと思った。
一年前、わたしは自分の無知を憎んだ。
けれど、今だけはそのままでいいとすら思えるほど、彼の『優しさ』に、身を委ねておきたかった。
ベンチから立ち上がって、彼はシルクハットを被る。