月夜の翡翠と貴方【番外集】


「…私の周りは、嘘で溢れているけれど」

わたしの手をとって歩き出す直前、彼は静かにこう言った。


「…その無知ゆえに…マリア、貴女だけは、…真実、だったよ」


……憎い、と思った。

手に伝わる温もりも、その冷たさも、優しさも。


心の底から、憎いと思った。






それから一年した、少し暖かな日。

ナタナは、またわたしを外へ連れ出した。


街から少し離れた場所へ、馬車で移動する。

森の近くのその場所は、自然に囲まれていた。

一年前と変わらないシルクハットを被り、彼はわたしと手を繋ぐ。

草原をゆっくりと歩いていると、青空の下、風で髪が揺れた。


「…マリア。見てご覧」


立ち止まった彼に合わせて、足を止める。

サァ、と草むらが風で騒いだ。

虚ろな瞳を動かして、わたしは前を向く。


……眼前に広がっていたのは、一面の濃い紫紅だった。


まるで、絨毯。

けれどよく見たら、それはひとつひとつが花で。

小さな丸い花が、たくさん咲いている。

久々に目を大きく開いたわたしの肩を、ナタナは優しく抱いた。


< 382 / 455 >

この作品をシェア

pagetop