月夜の翡翠と貴方【番外集】
「…私の周りは、嘘で溢れているけれど」
わたしの手をとって歩き出す直前、彼は静かにこう言った。
「…その無知ゆえに…マリア、貴女だけは、…真実、だったよ」
……憎い、と思った。
手に伝わる温もりも、その冷たさも、優しさも。
心の底から、憎いと思った。
*
それから一年した、少し暖かな日。
ナタナは、またわたしを外へ連れ出した。
街から少し離れた場所へ、馬車で移動する。
森の近くのその場所は、自然に囲まれていた。
一年前と変わらないシルクハットを被り、彼はわたしと手を繋ぐ。
草原をゆっくりと歩いていると、青空の下、風で髪が揺れた。
「…マリア。見てご覧」
立ち止まった彼に合わせて、足を止める。
サァ、と草むらが風で騒いだ。
虚ろな瞳を動かして、わたしは前を向く。
……眼前に広がっていたのは、一面の濃い紫紅だった。
まるで、絨毯。
けれどよく見たら、それはひとつひとつが花で。
小さな丸い花が、たくさん咲いている。
久々に目を大きく開いたわたしの肩を、ナタナは優しく抱いた。