月夜の翡翠と貴方【番外集】
「…マリア。この花を、知っているか?」
素直に首を横に振ると、「そうか」と彼は笑った。
「……では、大人になったら調べてみなさい」
……それはまるで、数ヶ月後の別れを、暗示しているかのようで。
何も知らない幼いわたしは、彼の優しい笑みを目に焼き付けるように、口を開いた。
「……綺麗、ね。ナタナ様」
誰よりもわたしを、蔑んでいた人。
誰よりもわたしを、綺麗な瞳で見つめていた人。
彼の嘘と本音を、わたしは最後まで知ることができなかったけれど。
…わたしは確かに、『彼』で生きていた。
心を一度その手で殺されて、そうしてまた、その優しさで作り直された。
……ナタナ・フレドラ。
『わたし』の、最初で最後のご主人様。
*
「ジェイド。花屋があるけど、寄っていく?」
数ヶ月前、セルシアとロディーの間に子供が生まれたと、ミラゼの酒場へ手紙が届いた。
ふたりが結婚してから、もうすぐ三年が経つ。
そこで、子供の姿も見に、モンチェーンへ行こうということになったのだ。