副社長は溺愛御曹司
sched.13 すず
懐かしい、私服のヤマトさん。
事業部長時代は、確かにいつも、こんな感じだった。
「今度は、俺の車でどこか行こうね」
「車、お持ちなんですか」
持ってるよー、と気楽な声がする。
「どんなのですか?」
「かっこいいの」
…もう少し詳しく、とお願いすると、シルバーのクーペだと返ってきた。
へえ、そんな、趣味っぽい車に乗るんだ。
お互い、東京と神奈川の境にある会社から、そう遠くないところに住んでいるため、横浜にも都内にも出やすい。
どちらにしようか、と考えて、より関係者に会う確率の低そうな、都内にした。
「実際、横浜って、会うもんね、知りあい」
「私も、暁さんと遭遇したこと、あります」
ファーに縁どられたフードつきのブルゾンに、デニムという恰好のヤマトさんは、もはや同級生か少し先輩くらいにしか見えず。
しきりに手を繋ぎたがる様子も、なんというか、まさかこの人、副社長とかじゃないよね、と思わせるに十分だった。
「さっぱりした甘いものも、ありますよ」
「俺は、これでいいよ。ゆっくり食べて」
指にはさんだ煙草を振ってみせるヤマトさんの前で、私だけ誘惑に正直に従い、デザートを頼んだ。
知ってはいたけど、彼の食の好みは、ものすごく端的で。
高タンパク、低カロリー。
以上だ。
特に身体に気を使っているわけではなく、現役時代にそういう食生活をしていたら、自然と好みもそうなってしまったらしい。
甘いものはたまに食べても、脂っこいものなんかは、徹底的に避ける。
というか、もう舌が受けつけないみたいだ。
「なあ、あとであのビル、寄っていい?」
「そのつもりです」