副社長は溺愛御曹司

「俺は、別に平気だからね?」



心配を見透かすように笑われて、そりゃそうだと恥ずかしくなった。

仮にも31歳の役員に向かって、兄弟が離れちゃってさみしいですねも何も、ないだろう。

それに、延大さんが留学している数年間は、そもそも彼は、ひとりだったのだ。



「神谷もいるしね」

「でも、開発に行ったら、ほとんどお会いできませんよ」

「なんで。たまにはお昼とか、食べようよ」



えっ、私、副社長とランチするの?

確かに、秘書でなくなれば、逆に同時に席を空けることができるようになるので、可能では、あるけど。

まあ、誰に見られても、元秘書だしね、で済むだろうし。

済むか?



「離れたら、俺、すずって呼ぼう」



ほおづえをついて、機嫌よく言う。

秘書である間は、あのお姉さんたちになんと言われようと、神谷って呼ぶよ、と以前に宣言されていた。

人のいる、いないで呼びかたを変えるのが、こそこそしているみたいで、性に合わないらしい。

どこまでもまっすぐだなあ。


片っ端からペロリというのも、よく考えたら、まったく選んだり差別をしたりしない、というまっすぐさの表れなのかもしれない。

違うと思うけど。



はい、と答えると、楽しみだね、とヤマトさんが笑う。

そうですね、でも。

私はやっぱり、楽しみなのと、さみしい気持ちが、半々です。


初めて社会人として働いた職場だから、秘書室にも思い入れはあるし。

素敵な先輩たちもいるし。

なにより、ヤマトさんや延大さんたちが、仲よく愉快そうに、だけど真剣に仕事をしているのを見るのが、好きだった。


春は別れの季節かあ、と、まだ年も越していないのに、少しブルーになってしまう。

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