副社長は溺愛御曹司
「まだ、お時間があります。髪を乾かしてください」
「後じゃ、ダメかな。ちょっと、いじりたいソースが…」
「そんな身だしなみで、CEOの前に出られるおつもりですか」
やはり父親の目は気になるらしく、不承不承といった態度で、ドライヤーを受けとる。
「寝過ごされたんですか? 珍しい」
私が秘書を務めるようになって、ヤマトさんが朝遅れたことなんて、数えるほどしかない。
不思議に思って訊くと、湿った髪をかきあげていたヤマトさんが、軽く眉を上げて、私を見おろしてきた。
その顔が、にやりと笑うのに、思わず一歩引く。
「夢見ちゃって」
「…悪い夢ですか」
ううん、とヤマトさんが、たたんだドライヤーを私の顎にあてて、顔を上げさせた。
「神谷のね」
可愛い、やらしい夢。
ヤマトさん! と私がどなった時には、バタンとドアの音を立てて、執務室に消えた後だった。
もうっ!
ドアを蹴り飛ばしてやりたいけれど、物にあたっても仕方ないので、耐える。
真っ赤であろう顔を両手で隠して、秘書室に戻ると、当然のことながら、笑われた。
あんな人だけど、この会社の代表取締役、副社長。
お飾り役員でもなんでもない、正真正銘の、次期トップ候補だ。
私は、一年近く、彼の専属秘書を務めて。
もうすぐ、その役目を終える。